ラ・イン会

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 ラ・イン会は、創立者である角卓先生が新しい具象絵画追求の場として神戸に作られた研究団体です。創立以来半世紀以上が経ったことになります。その間、「新しい具象絵画を目指し、意欲的で斬新な作品を追求する」という会の理念は揺るぎなく今日に至っています。そして、日展、日洋展を活躍の場として多くの作家たちが育ってきました。
 ラ・イン会の魅力は、そこに集う作家たちが自分の追求する課題をおのおの独自の方法によって表現しているところにあります。それは一見未完成のように見えるものであっても、その中心に骨太い造形意識を感じさせるものでもあります。そしてそれぞれが様々な表現方法を用いながらも「神戸の絵画」という空気を共有しています。
 神戸で生まれたラ・イン会も、現在では会員が兵庫、大阪を中心に京都・奈良・滋賀と増え、それに伴って新しい活動範囲も拡がっています。2011年には、尼崎市の尼信博物館において50周年記念展を開催いたしました。
 私たちは常に原点に立ち返り絵を描くことの意義を自らに問い直しつつ、制作活動を続けたいと考えています。今後の活動を温かく見守っていただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

ラ・イン会代表 天野 富美男


◎ラ・イン会のあゆみ

昭和36年(1961年)
具象新人展として新人発掘のため神戸国際会館にて展覧会を行った。 以後15年間、神戸国際会館・兵庫県近代美術館(現:原田の森ギャラリー)・神戸さんちかギャラリーを発表の場とした。

昭和52年(1977年)
日洋展発足と共に具象新人展をラ・イン展と改称し、以後県民アート・ギャラリーを発表の場とする。

昭和56年(1981年)
全国的組織である現洋会結成と共にラ・イン展は現洋会兵庫地区・大阪地区・和歌山地区として発展解消した。

昭和62年(1987年)
日展傘下であるところの日洋展が日洋会として組織されると共に、現洋会は日洋会に参加するため発展解散した。 と同時に再度ラ・イン展を復活し、新人発掘と育成の場として活動を開始し、現在に至る。

平成3年(1991年)
兵庫県民会館において30周年記念展を行う。

平成21年(2009年)
神戸三宮さんちかホールにおいて「角卓とラ・インの作家たち」展を開催。

平成23年(2011年)
尼信博物館において50周年記念展を行う。

平成27年(2015年)
デュオこうべ浜の手特設ギャラリーにおいて「角卓とラ・インの作家たち」展を開催

平成28年(2016年)
さんちかホール(神戸・三宮さんちか内)において「ラ・イン会55周年記念 角卓とラ・インの作家たち」展を開催


角 卓 略年譜

1928年(昭和3年)香川県高松市に生まれる
1949年(昭和24年)関西光風会最高賞受賞
1951年(昭和26年)日展初入選 以後連続出品
1957年(昭和32年)安井賞候補作家展推挙 光風会展特別賞受賞 日展特選(岡田賞受賞)
1958年(昭和33年)光風会会員
1963年(昭和38年)渡仏・アイズピリに師事
1967年(昭和42年)光風会展審査員 日展委嘱
1970年(昭和45年)光風会評議員
1978年(昭和53年)光風会退会 日洋展運営委員審査員
1979年(昭和54年)日展審査員 以後4回
1980年(昭和55年)日展会員
1983年(昭和58年)アクティ大阪 「日本今昔(ステンドグラス)・世界と手を(アルミキャスト)」壁画完成
1985年(昭和60年)パリ国際サロン展招待出品
1986年(昭和61年)モントリオール国際展特別出品 「日本(風土)」をテーマにした個展をニース、アンチーブ、パリで開催
1987年(昭和62年)兵庫県文化賞受賞 ヨーロピアンアカデミー会員推挙
1988年(昭和63年)神戸市文化賞受賞 アルル国際展審査員
1989年(平成元年)高松市制100年記念壁画制作
1990年(平成2年)高松市「艶景 瀬戸の都」壁画完成 ニューヨーク国際展審査員
1991年(平成3年)中南米文化交流・GUATEMARA
1992年(平成4年)日展評議員
1994年(平成6年)高松市文化賞受賞 エル・サルバドル「平和記念モニュメント」制作
1996年(平成8年)神戸交通センタービル陶板壁画制作
1999年(平成11年)3月23日逝去 作品が香川県に寄贈される
2000年(平成12年)兵庫県、神戸市、高松市、高松工芸高校に作品が寄贈される 「神戸市受贈記念展 艶景の画家・角 卓が遺した世界」がさんちかホールで開催される
2009年(平成21年)「永遠なる艶景―角卓とラ・インの作家たち展」がさんちかホールで開催される


内なる艶景を求めて
「角卓とラ・インの作家たち展」

神戸市立小磯記念美術館館長
神戸ゆかりの美術館館長
岡 泰正

ラ・イン会は、フランス語の冠詞「la」と英語の「in」を組みあわせた、今は亡き角卓(かどたく)先生が創り出された名称である。私などは、この名称を「わが内なるものと向き合い、その探求を外に力強く表現しよう」という、創作する人々の行為を象徴し鼓舞する警句(エピグラム)のように感じてきた。
 ラ・イン会は、角先生が新しい具象絵画追求の場として神戸に創立された研究団体である。1961年、具象新人展として神戸国際会館で開催された展覧会が端緒となり、1977年、日洋展発足とともに「ラ・イン会」の名が誕生し、一時変わったが、 1987年から再び「ラ・イン会」の名称に戻して現在に至っている。1961年から数えて今年で54年目をむかえる。現在、天野富美男氏を代表として、「新しい具象絵画を目指し、意欲的で斬新な作品を追求する」という会の理念のもとに集った関西を基盤とする作家たちが切磋琢磨しあい、俊英は日展、日洋展を活動の場として活躍するに至っている。角卓先生は、平成11年(1999年)3月23日、71歳で亡くなられた。制作姿勢や批評は、厳しいものだったが、人情味あふれた気取りのない性格は、多くの人に愛されていた。先生は渾身、芸術家であり、教育者であった。角先生が描いた、生まれ故郷の讃岐・高松、取材されたカーニュ、グアテマラなどの地は、太陽のもとに人も自然も生かされている。人も虫も樹木も、大地に生き、死に、生まれかわる。角先生がその意味で、密教的宇宙の図式ともいうべき曼荼羅の構成に惹かれたのは自然な流れかと思われる。角先生がフランスの画家・アイズピリに触発された色彩のシンフォニーは、さらに画家がヨーロッパに対する日本の美を意識することによって、より神秘性を帯びるものになった。 この色彩感や発動する生命力がラ・イン会の特質として受け継がれてゆくのである。
 ラ・イン会の会風をひとことで表すとすれば「健気な熱気」、という言葉がふさわしいかも知れない。もちろん、絵画に技術は必要だが、気にかかる対象と向き合い、対象の構造を探求する姿勢こそが何より優先されなければならない。巧みに描くための技術ではなく、意図することを色と形にするための技術である。黒田清輝が箱根滞在中に妻となる照子を、「下絵も何もなくぶっつけにカンバスに描いた」、《湖畔》(東京国立文化財研究所)という重要な作品誕生の場合でも、黒田はフランスで学んだことを踏まえながら、日本の国土になじんだ平明な画風を独自に探求しているのであって、革新的な作品がひとりでに生まれ出たわけではない。実際、黒田は湖畔で「明日からこれを研究するぞ」と言葉にして湖畔の照子と向きあうのである。
 制作者は、対象に心動かされ向き合った時、なぜ描くのか、どう描くかを考えなければならない。その創作の意欲が、率直で健康的であるというのが、「ラ・イン会」の会場を満たしている空気であると言っていい。不器用に率直によく考え、探求することこそが本質をつかむ最良の手段なのである。
 角先生が遺された作品は、勇気づけ、高揚させる力を持っている。この熱気は絶えることなく作品が発し続けているものであり、後進の制作者は、これを受け継ぎ、新たなスタイルを創り出して、角先生の仕事を超えていかなければならない。
 公的な展覧会を措けば、おそらく「ラ・イン会」展が、洋画の公募展としては神戸で唯一であるだろう。この意義を衰微させることなく継続させ、あわせて会は若い感性を入れていかなければならない。
 角先生の前に立つ時、「続く者たちよ、それぞれの内なる艶景を求めてゆけ」と、つば広の帽子を小粋にかぶった先生が、泉下で鼓舞し続けているように感じられる。艶景の画家・角卓の色彩の開眼に、記憶の底にある密教の葬儀に用いる幕の色が関っていたことは示唆的である。「さあ、心の奥深いところを探し求めにゆこう!」(Allons à la recherche des recoins les plus intimes du coeur.)(アロン ザ ラ ルシェルシュデ ルコワン レ プリュ ザンティム デュ クール)」、それぞれの内なる艶景を求めて、『ラ・イン』と。


「ラ・イン会」創立60周年記念展に寄せて
「角卓とラ・インの作家たち展」

坂上 義一郎(BBプラザ美術館 顧問)

 私は普段美術館で仕事をしている一人だが、常に良い美術作品とはどういうものかを自問自答しつづけている。よく良い美術作品とは、人々に感銘を与えることが出来るものであると言われる。感銘とは、鑑賞者の人生観を刺激したり、美しさに共感を触発し、充実した出会いを得たと実感することだろうか。
 また、作家のダイナミズムや独創性のあることが、作品の良さを示す基本条件のようにも言われる。だが、良い美術作品とは必ずしもそのような単純なことでもないだろう。繊細な感性と個性的な構成力が基盤となって、初めて作品に視覚的なメッセージが生まれ、鑑賞者に安らぎと美的感性を誘引することではないだろうか。
 個々の作家が表現の一つの目標に向かって、直向きに打ち込む情熱と研鑽を積んだ表現とが相まって、作家の哲学が作品から現れると言って過言ではないだろう。
 今、日本全体を大きく揺り動かしている新型コロナウイルスの感染拡大。私たちは、姿が見えなくて、連日猛威を振るうコロナウイルスと日々闘っている。
 このような状況下で、「新しい具象絵画を目指し、意欲的で斬新な作品を追及する」という理念のもと、神戸を中心に活動している「ラ・イン会」が、創立60周年を迎え、ここ神戸のBBプラザ美術館で記念展を開催するご案内を、先日いただいた。
 さて、私が「角卓とラ・インの作家たち展」を見せていただく契機は「ラ・イン会」代表の天野富美男氏と知己を得たことによる。数年前に初めて、会員の皆さんの作品を見せていただいた印象を少し披瀝したい。「この会の作家の作品は、美術を難解なものではなく、身近なものに感じさせ、親しみを持って構えることなく接することが出来る展覧会だ」と。
 次いで、記念すべき展覧会に寄せて一言見解を述べさせていただきたい。
 故・角卓氏が創設した「ラ・イン会」が、経験豊かな先輩作家の作品を前にして、後輩作家が刺激を受けるといった競合の場であることに期待したい。意気軒昂な新人作家が後を追ってくる。望むべくは、お互いに後姿を見せることなく、意欲的な作品を制作し続けてほしい。
 アートは、美術に慣れ親しんだ人々だけでなく、幅広い層の市民を誘わなければと考えている。その意味からも「角卓とラ・イン会の作家たち展」の開催意義は決して小さくない。
 BBプラザ美術館での創立60周年記念展が、新たに紡ぎ出される多様な表現発表の場として、作家と鑑賞者が対話し、交流するような動的な機会となればと念じたい。
 本展覧会が、今迄の「ラ・イン会」の長年に渡る活動歴に新たなる展開が生まれ、会員諸氏による”今、創りたいもの、伝えたいこと”と言った制作姿勢をして、鑑賞者とともに腰を据えて、高みに挑む契機として欲しい。
 「ラ・イン会」の会員諸氏の作品が放つメッセージに触れ、想像の森に誘われることを期待するのは、私一人だけではないだろう。
 何れにしても、「ラ・イン会」が還暦から古希に向かって作品制作をつづける、つまり”つづける”という行為は、作家にとって最大の手段である筈だから・・・・。